福岡地方裁判所 昭和34年(わ)1370号 判決
被告人 瀬尾虎男
大四・一二・一八生 大工
主文
一、被告人を懲役一年一〇月に処する。
二、未決勾留日数の中、三〇日を本刑に算入する。
理由
第一、罪となるべき事実
被告人は、昭和三四年一一月一三日午後二時過ぎ頃、福岡市西新町二丁目時計商角野吟次方店舗において、同人所有のオリエント腕時計及び磁気バンド各一個(時価合計六、六〇〇円相当)を窃取したものである。
第二、証拠の標目(略)
第三、前科
一、被告人は、いずれも窃盗罪により、
(イ) 昭和三〇年五月九日、熊本簡易裁判所で、懲役一年六月に、
(ロ) 昭和三二年二月一八日、小倉簡易裁判所で、懲役一年六月に、
(ハ) 昭和三三年一二月二六日、福岡簡易裁判所で懲役一年に、
各処せられ当時いずれも右各刑の執行を終つた。
二、この事実は、被告人の検察官に対する供述調書及び前科調書並びに電話聴取書(刑執行状況についての)により認める。
第四、法令の適用
一、(1) 判示窃盗の行為は、
刑法第二三五条に当る。
(2) 累犯加重。
被告人には前記前科があるから、
同法第五六条、第五七条、第五九条を適用して、
右罪の刑に累犯加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年一〇月に処し、
二、未決通算。
同法第二一条を適用して、
未決勾留日数の中、三〇日を本刑に算入する。
三、訴訟費用の負担免除。
刑訴法第一八一条第一項但書を適用して、
訴訟費用は、被告人に負担させない。
第五、常習累犯窃盗の訴因に対する判断。
一、本件の争点。
本件起訴状に記載された、常習累犯窃盗の公訴事実の中、常習性の点を除いて、その他の事実は、証明十分である。本件窃盗の事実、被告人が、法所定の窃盗前科三犯を有する者であることについては、いずれもすでに認定したとおりである。
問題は、本件において、常習性が認定できるかどうかにかかつている。
二、盗犯等防止法第三条の二つの要件。
盗犯等防止及び処分に関する法律(以下、単に法律という。)第三条の要件は、法文によつて明らかなとおり
(イ) 「常習として、前条に掲げたる刑法各条の罪又はその未遂罪を犯したる者」であること。
(以下説明の便宜上、常習として盗犯を犯した者と略称することとする。)
(ロ) 「その行為前、一〇年内にこれらの罪又はこれらの罪と他の罪との併合罪につき、三回以上六月の懲役以上の刑の執行を受け又はその執行の免除を得たるもの」であること。
(以下、説明の便宜上、法所定の受刑者と略称することとする。)
の二要件である。
三、常習性認定の判断基準。
(1) 常習性の意義。
常習性とは、反覆して当該行為をする習癖をいう。つまり、性癖によつてくり返し当該犯行を行つて来ており、かつ再びくり返す傾向のあることをいうと解することができる。常習性の最も顕著なものを挙げればそれは、職業犯人、自己の生計を犯罪によつて賄う犯人である。
逆に、偶然の機会に、出来心によつて、たまたまちよつと犯罪を犯した場合には、常習性なしというべきである。
(2) 常習性認定の判断基準。
(イ) 当該起訴にかかる犯罪行為自体から常習性が認定できる場合は、多くを論ずる必要を見ない。当該犯行の手口・態様(例えば、すり)、あるいは犯行回数・期間・頻度(短期間内に急速、連続的に引きつづき行つた場合)から常習性が認定できる場合がこれに当るであろう。
(ロ) ここでの課題は、起訴にかかる犯罪行為自体からは、常習性が認定できないか、もしくは不充分な場合である。以下、この場合を対象として説明する。中でも、とくに、常習盗犯の場合について論ずる。
(ハ) 常習性認定の資料については、別段の定めがあるわけではない。従つて起訴にかかる盗犯行為自体と法所定の受刑の事実とから、常習性を認定することは、もとより差支えない。(最高裁昭和三三、七、一一判決、判例集一二巻一一号二五五三頁)
(ニ) 但し、この場合においても、累犯者、法所定の受刑者常に必ずしも常習犯であるとは限らない。常習性の認定は、事実認定の問題として、具体的事案によつて異つてくるはずである。従つて、法所定の受刑者であることから、当然に常習性が認定できるとする見解(本件検察官の見解が、そうであつた。)は、必ずしも採用できない。
(ホ) つぎに、前科の事実を参酌するといつても、単に、いつ幾日に同種犯罪により懲役刑に処せられたという事実だけで、常に常習性認定が可能であると解すべきではない。前科にかかる犯罪行為、過去における犯罪行為をも加えて、全体として観察評価して常習性を判定することができると解すべきである。もつとも過去における犯罪行為でも、十数年又はそれ以上も前の前科まで考慮に加えるというようなことは妥当ではあるまい。
(ヘ) そして、起訴にかかる犯罪行為とともに前科にかかる犯罪行為を考慮に加えて常習性を認定するに当つては、例えば動機についていえば、それが犯罪的習癖に基くものであるのか、それとも、たまたまの機会に偶然になされたもの、誘惑に対する抵抗力が乏しかつたがため、出来心で、ついうつかりなされたもの喰うに困つた挙句のはて、せつぱつまつてついちよつとなされたものであるのかが、とくに考慮されなければならない。
(ト) ことに、窃盗罪については、それが統計上わが国における最も数多い犯罪であり、従つて窃盗罪の動機、方法、手口、規模、回数、時期、時間、期間、頻度、場所、目的物の品目、種類、性質、数量、価格、形態、技術の有無、巧拙、危険性の度合、共犯者の有無、及び犯人の環境等は、千差万別であること、衆知のとおりである。とうてい賭博罪のそれとは比べものにならないということができよう。従つて盗犯の常習性認定と、賭博罪のそれとの間に、事実認定の上において、かりに違いが生ずるとしても、別にあやしむには足りないというべきであろう。
四、盗犯等防止法に規定する常習性は、特別構成要件の一部である。証拠によつて明白にされねばならないことは理論上当然のことに属する、刑事政策的、特別予防的立法であるとの理由から、この場合は例外であると解すべきではない。常習盗犯の起訴に対して、裁判所において、その常習性が明らかでないと認めた場合には、単純盗犯の認定がなされることになる。この場合、訴因の概念、目的から考えて、訴因変更の手続を採ることは必要でないと解する。
五、本件における常習性の認定について。
(1) 前記証拠の標目欄に記載の証拠によれば、被告人は、
(イ) 法所定の窃盗前科三犯を有し、
(ロ) 最終の刑の執行を終つて、福岡刑務所から満期釈放(昭和三四年一一月六日)されてから、約一週間後に、再び本件窃盗を働いた(同月一三日)ものであり、
(ハ) そして、本件窃盗の内容は、判示のとおりであつて、それは、時計店で腕時計の修理を頼んで、店員がこれを修理しているすきに、同店の陳列ケースに並べてあつた腕時計及び磁気バンド各一個を盗んだという事案であり、その動機について、被告人は、「自分が持つている腕時計は古いので、新しいのが欲しくなつて盗む気持になつた。」「自分で使用するために盗んだ。」と述べている。
(2) 前刑(前記(イ)(ロ)(ハ)の前刑)の事実に関して、その判決謄本あるいは被告人の当公判廷における供述によつて調べてみると、
(イ)の、昭和三〇年の前刑は、
「昭和三〇年三月一二日、熊本市七軒町熊本相互銀行支店前路上において、米良鈴子が左腕にはめていた同人所有の腕時計一個を窃取した」
という事実であり、被告人は、これに関して、
「靴磨きをしていたとき、女学生の靴を磨いていたら、その人が腕時計をしていたので、私が『今何時ですか』と問いかけ、腕時計をその人が見せたので、私が、その時計をひつぱつたらバンドが切れた。それで私は、『この腕時計を借りておくから』といつて、そのまま持つて逃げたのである」
と当公判廷で述べており、
(ロ)の、昭和三二年の前刑とは、
「(A)昭和三一年一二月六日午後六時三〇分頃、八幡市大阪町三丁目洋服業川元隆雄方で、同人所有の紺色オーバー一着(時価約四、九〇〇円相当)を、
(B)同日午後九時三〇分頃、同市東町一丁目帽子業井上登方で、同人所有の帽子一個(時価約二〇〇円相当)を
各窃取した」
という事実であり、被告人は、これに関して、つぎのとおり供述している。すなわち、
「その日は、なかなか寒かつたので、オーバーの一枚でも欲しいと思つた。買うだけの金はなかつたが、見るだけは見ておこうと思つて洋服店に入つた。一枚の紺色オーバーを外して着てみていたところ、幸い店員は奥の方で客と話をしていたので、その隙にそのオーバーを着たまま盗んで外に出た。
つぎに、帽子屋の処まで来たところ、急に新しい帽子が欲しくなり、その店に入つた。店の奥さんが奥の方で客と話し込んでいたので、そのすきに鳥打帽子一個を盗んで逃げ出したところ、店員が追いかけて来て捕えられた」
と供述しており、
(ハ)の、昭和三三年の前刑とは、
「岩田屋デパート一階の売場でライター一個を盗んだ。それは、店員が、他のお客にライターの油を入れてやつていたすきに盗んだのである。その動機は、当時大工をしていたので、仕事場のかんな屑を燃やすのに、ライターがあつたら便利だと思つて、それに使うためにであつた。」
と供述している。
(3) 以上の各事実を全体として観察評価するとき、その各犯行の手口、態様において、その動機において、相類似した点を認めることができること、検察官の指摘するところでもある。しかしながら、当裁判所がさきに説示した常習性認定の判断基準に照らして考えるとき、右の程度の類似性だけでは常習性を認めるには不十分であると判断する。被告人が前科九犯を有する事実、あるいは、前記窃盗前科三犯のほかにも、十数年以上前に窃盗罪により三回処罰を受けている事実は、当裁判所の右判断を左右するものでは全くあり得ない。
六、以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判官 横地正義)